悲鳴窟

怪談その他

小原猛『琉球奇譚 シマクサラシの夜』

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(2018年7月6日 初版第1刷発行)

目次

2 前書き
10 これじゃない
13 麝香の香り
15 童骨
19 チーゴーゴー
20 サチコ―
24 スコール
29 シマクサラシの夜
41 壕の話
48 日本兵とユンタク
59 すいませんねえ
62 ヒーゲーシ
67 フェンスの向こう
71 白い馬が跳ぶ
74 すばるれおーねえ
79 チックフ
94 大野山林の女
96 水の塊のようなもの
97 トウガン
99 ミチソージサー
106 リトル・クイチャー
108 崖から飛び込む
120 ハブを殺す
124 赤い鍋
139 ニコライくん
143 私の腕
145 霊界通信、あるいはドクター・ペッパー
157 平安座島へのドライブ
161 川遊び
166 台所の穴
168 人知れず、こんなところに
172 イランの石
190 ブトキ1 イチジャマゲーシ
201 ブトキ2 開かれるブトキ
209 ブトキ3 ブトキの夜

現役の実話怪談の書き手の中で、こと沖縄の怪談に関してはこの人、小原猛の右に出る者はないだろう。緻密なフィールドワークのみならず、その筆致からは、地誌・郷土誌の類も相当に読み込んでいることがうかがえる。

また小原の怪談では、怪異の体験談に耳を傾け、それを書き記す彼自身のまなざしに独自性がある。体験者と小原の間には、怪異に遭遇した者とそうでない者の距離の他にもうひとつ、沖縄に生まれ育った者とそうでない者という距離が存在している。

そうした位相のちがいに意識的であるか否かは、怪異を「語り直す」際の文体に大きく影響するが、大きく分けて小原は、出来事の報告に徹する資料的な文体、情感たっぷりに語りかける小説的な文体のふたつを巧みに使い分けている。

収録作については、言わずもがなの高水準。土地柄、大戦時の悲惨な記憶にまつわる話も多い。怪談をとおして、沖縄の戦後はいまだに続いているのだということがよくわかる。

オススメ怪談3選

①「霊界通信、あるいはドクター・ペッパー」
壮絶をきわめた沖縄戦にまつわる幽霊譚には事欠かないが、本作は心温まるジェントル・ゴースト・ストーリー。怪異との距離の近さは沖縄に特有のおおらかさで、イチャリバチョーデー(人類みな兄弟)の精神は、彼岸の住人をも包み込むのかもしれない。余談ながら筆者の大叔父も沖縄で戦死しており、こういうタイプの話にはどうしても心を動かされる。というか、小さい子とおじいちゃんが同じ画面に映っているだけで泣いてしまうのだが……。

②「人知れず、こんなところに」
この話の肝はやはり警官の「いや、どうもしません」という台詞。実話怪談の世界で説明的な解釈がなされると、それだけでなんだか白けてしまうのだが、つい漏れてしまったその一言を怪異の発した言葉とあわせて考えると、さまざまな想像を掻き立てられる。わかるとわからないの間隙にこそ真の怪談は潜むという、実話怪談のお手本のような話。怪異の顕現も強烈とはいえ、テクニックの勝利だろう。

③「ブトキ」
巻末を飾る三連作。これはとにかくお話のインパクトがすさまじい。『帝都物語』を髣髴させる呪術合戦が、いまも人知れず行われているのかと考えると、実話怪談なんてものを好きな人間としては無性にワクワクする。とはいえ最後は現代人への痛烈な批判になっており、本来、怪談とは教育的な側面をも担っていたことに思い至る。一冊の書物としての幕切れも見事というほかない。