悲鳴窟

怪談その他

【実話怪談】カラスのお祭り

f:id:Mishiba_Y:20211201175626j:plain

ある夏の晩、名古屋に遊びに来ていた正丸さんは、スマホを片手に栄の繁華街をうろついていた。

彼は大の酒好きで、今回の旅行も栄で名古屋グルメと地酒を楽しむのが目的だったが、どれだけ探してもお目当ての店が見つからない。
スマホの地図アプリと睨めっこしながら、酔客でにぎわう繁華街を行ったり来たりしているうちに、くたくたになってしまった。

おまけにこの界隈には、キャッチが多すぎた。
碁盤目状に整備された道の角々には必ず数人のキャッチが立ち、行き交う人たちに声をかけている。
キャッチにしてみれば、スマホを見ながらうろついている正丸さんは、最も声をかけやすい客なのだ。

店を探してさまようのにもキャッチをあしらうのにも疲れた正丸さんは、よくないこととは知りつつ、通りがかった駐車場で一服することにしたそうだ。

できるだけ人目につかない奥のほうでたばこを吸っていると、背後からいきなり話し声がした。
反射的に振り向いたら、車と車のあいだのスペースにいつの間にか五人の男がぎっしりと密になっていて、正丸さんはギョッとした。

彼らはみな五芒星がプリントされた黒いTシャツに細身のジーンズという服装で、音楽関係のイベントスタッフのようにも見えたという。

こんなところでなにしてるんだ?

正丸さんが訝しく思っていると、男のひとりが、

「今日はカラスのお祭りだからさあ」

そう言うのが聞こえた。
小声で話していたにもかかわらず、そのフレーズだけは奇妙にはっきり聞き取れたそうだ。

……カラスのお祭りってなに?

そんな疑問が正丸さんの脳裏をよぎった。
直後、彼の耳元で、

「あんたには関係ない」

という中年の男が女性の声色を真似たような声がしたので、正丸さんは弾かれたように駆け出した。
そうして混んでいそうな居酒屋をわざわざ選んで入り、目についた酒を手当たり次第にがぶ飲みしていたら、じきに意識が混濁してきた。

迷惑顔の店員に起こされた正丸さんが時間を訊くと、時刻はすでに朝の五時過ぎだった。

おそるおそる昨晩の駐車場まで行き、車のあいだを覗いてみたところ、ものすごく大きなカラスが一羽、だれかの吐瀉物を啄んでいた。
それを見た正丸さんも不意に催してしまいその場に嘔吐すると、烏賊墨のような色の反吐が出て仰天したという。

カラスはいつの間にかいなくなり、帰宅後、念のため受けた健康診断の結果は問題なかったそうだ。