悲鳴窟

怪談その他

【実話怪談】M山町のクラブ

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これも「猫人間」「またのお越しを」の百花さんから聞いた話。

彼女が十九歳の頃、渋谷のM山町にあるクラブによく顔を出していた。

そのクラブはちょっと変わった店で、お客の平均年齢は三十代後半から五十代、店長兼DJをしていたノボルさんというおじさんの趣味なのかなんなのか、昭和のアイドルソングをかけたかと思えば一昔前の日本語ラップや戦隊物のテーマソング、お盆の時期には盆踊りでひたすら踊り狂うイベントを企画したりしていたそうである。

ノボルさんは変人ではあったが、情に厚く、当時、人間関係でいろいろあって疲弊していた百花さんにもたいへんよくしてくれた。当時の彼女にとってそのクラブは、唯一の憩いの場だったのだという。

ある日、イベント明けの朝方に、渋谷マークシティ裏にある薄汚い居酒屋でお店の関係者や常連と酒を飲んでいると、
「ももちゃん、今日、いたけど気づいた?」
ノボルさんがなにやら意味深なことを訊いてきた。
「え? だれがですか?」
百花さんが質問で返すと、
「そっか、まだ見たことないのかあ」
とノボルさんはにやにや笑いながら梅干しサワーのおかわりを頼み、以下のような話をしてくれた。

こんなこと話すとドン引くかもだけどね、実はうちの店、出るのよ、これが。そう、幽霊。
うはは、ほんとだよ、マジの話。××さんも見たことあるよねえ? うん、そうそう、あの女の人。
ほーらね、うちによく来る人はわりとみんな見てるのよ。
そうだよ、女の幽霊。うーんとね、髪は長くてほっそりしてて、そんで赤いドレス着てるのよ、ノースリーブの、うん、いつ見ても。え? テンプレ臭い? うはは、まあたしかに。でもマジだから。
あー、それなんだけど、顔はわからん。というか見たことある人いないんだわ。いつ見かけても絶対にうしろ向いてるんだな、なぜか。
オーナーも知ってるよ、もちろん。だっておれ、オーナーと一緒にいる時に見たこともあるもんね。
いや、それがぜんぜん怖いなんてことないのよ。だからあれ、わるい幽霊じゃないと思うよ。
純粋に、クラブが好きなんじゃないかなあ。
今日のイベントは盛り上がってるなあっていうね、そういう日限定で現れるんだわ。
お客に紛れて立ってるんだけどさ、すぐわかるよ。だって赤いドレス着ていつもうしろ向いてるんだもん。
え? ももちゃんも見たい? うはは、こんな話聞かせたらそうなるよねえ。
でも大丈夫。来月、年越しのイベントあるだろ? その日にはぜったい、百パー出てくるんだ、その人。
だからまあ、せいぜい楽しみにしててよ、来月のイベント。幽霊抜きにしたって、すげえいい感じだと思うからさ、うはは。

しかしそのイベント当日、つまり大晦日の朝から百花さんはインフルエンザで寝込んでしまったのである。
ようやく回復し店に顔を出せたのは正月三が日もあけた頃だった。
イベントに顔を出せなかったことをノボルさんにまず詫びた彼女が、
「ところで、例の幽霊、やっぱり出たんですか?」
と訊ねたところ、ノボルさんは解せないという顔で、
「それがねえ、その日、どういうわけか出なかったのよ。おれ以外の人も、だれも見なかったって。イベント自体は盛況だったんだけどなあ」
言いながらしきりに首を傾げていたそうだが、それから二、三か月後にそのクラブは「オーナーの一身上の都合」でいきなり閉店することになってしまい、百花さんはじぶんの居場所を奪われたような深い悲しみに暮れたのだという。

「いま考えてみると、その幽霊が出なかったことが、なにか予兆みたいなことだったんですかね、座敷童子がいなくなった家は没落するとか、そういう感じの……。どう思います?」
百花さんの問いに、
座敷女ですかねえ……」
そうわたしは答えた。