悲鳴窟

怪談その他

【実話怪談】↓↑

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名鉄瀬戸線の某駅にあるふたつの坂は、愛知県でも名の知れた心霊スポットである。

こう書いた時点でわかる人にはわかるのだけれど、ここではA坂、B坂と呼ぶ。

ふたつの坂にまつわるお化け話は古くからあったらしく、尾張藩士で儒学者の細野要斎が、幕末から明治にかけて書き続けた随筆『葎の滴』には、「むかしより……変化のもの出しよし、世の人言ひふらししが⋯⋯」との記述がある。

現在、A坂のほうは、隣接する公園の灯りが道を照らし、往時の不気味さはなりをひそめている。
ただしB坂は、道の片側を高い塀、もう片側を神社の木々に挟まれて視界も悪い。お化けが出ても不思議はないと思わせる絶妙なロケーションだ。

二年ほど前、コンビニでアルバイトをしていた正樹さんはたまたま先輩と退勤の時間が重なり、A坂に隣接する公園で駄弁っていくことになった。

時刻は午前二時をまわっていて、周囲にひとけはない。公園のベンチに腰掛けた正樹さんが、A坂を眺めながら、
「心スポのわりに雰囲気ないっすねえ」
と軽口を叩くと先輩が、
「B坂はわりと怖いけどな」
「そうかなあ」
「じゃあ正樹くん、肝試しな。B坂行って写真撮ってきてよ」
「ええ……」
気が進まなかったが、言い出したのは正樹さん自身である。しかたなくB坂の上り口まで歩いていったそうだ。

上り口から坂の上を見上げてみると、頼りない街灯がぽつんと灯る坂道は思っていたよりずっと暗く、圧迫感がある。

さっさと済ませて公園に戻ろう。

正樹さんは、B坂の上り口から坂の上に向けて一枚、足早に坂を上りきり、頂上から坂の下に向けて一枚、被写体をよく確認もせずにスマホのシャッターを切って、その場を後にした。

「おつかれ、どうだった?」
と先輩に問われた正樹さんは、
「いや、ふつうに怖かったです」
「なんだよ、ビビリだなあ」
そう正樹さんからスマホを受け取り、坂の写真を一瞥した先輩の顔が瞬時に凍りついた。
「あの……これ、だれ?」
「はい?」

スマホを覗き込んだ正樹さんは絶句した。

一枚目、坂の頂上にひとりの女が立ってこちらを見下ろしている。
二枚目、坂の上り口にひとりの男が立ってこちらを見上げている。
双子と見紛うばかりによく似た男女だった。

「……わかんないです」
正樹さんが答えるよりも先に、先輩は写真を削除してしまった。

一度だけ、そんなことがあったのだという。