悲鳴窟

怪談その他

【実話怪談】鶏鳴

柳楽さんが数年前まで住んでいたアパートでは、明け方、よく外で鶏の鳴く声が聞こえたそうだ。そこは駅から徒歩二十分ほどの場所にある木造物件で、周囲には畑も多かった。だから鶏を飼ってる人くらいいるだろう、と柳楽さんはそう考えていて、鳴き声がする…

「不条理(系)怪談」についての覚書

「不条理(系)怪談」という言葉を怪談界隈の人たちはわりと普通に使っているように思える。じぶんにしてもそれは同様で、「不条理(系)怪談」を得意とする作家といえば、例えば我妻俊樹、朱雀門出両氏の名前がすぐに思い浮かぶ(現にこの二人が「不条理(…

【日記】20230711 大河ドラマ

妻が録画したNHK大河ドラマを観ている。今年の大河は松潤の家康と聞いていたが、タイトルを一目見ておどろいた。『こうしろ平八郎』というのだ。若かりし日の大塩平八郎を池松壮亮が演じている。大塩平八郎という人は教科書に載っていたあの顔の感じから大変…

【日記】20230710 鰻

夕方、保育園に娘を迎えにいったら、園脇の側溝に大きな鰻が横たわっていた。野田という小柄な先生が刺股みたいなものでそれを上からおさえつけているところに國分という背の高い先生が駆けてきて、手に持った千枚通しで鰻の脳天を貫いた。鰻は笛を吹くよう…

【日記】20230709 KJ

岩波文庫から出た中上健次の短篇集をだいぶ読んだのだけれど、いまの自分のモチベーション的に他人の性交の話にあまり興味が持てない。というか他人の性交の話にわりと興味がある状態がむしろ異常ではないかという気がしてもいる。なんでおれはそんな他人の…

【日記】20230708 ごま油

昼ご飯を作ろうとしたらツナ缶とパスタしかなかったので当然ツナのパスタを作ることになる。選択肢が少ないのはいい。なぜなら思い悩むことがないから、とうそぶきながらニンニクを刻み、オリーブオイルを探したのだがどういうわけか一向に見つからない。か…

【読書感想】鈴木捧『現代奇譚集 エニグマをひらいて』

つい先日、こんな本が出た。 現代奇譚集 エニグマをひらいて 作者:鈴木捧 Amazon 処女作『実話怪談 花筐』、第二作『実話怪談 蜃気楼』で独自の淡く、けれど奇妙に忘れがたい怪談世界を提示した鈴木捧氏の第三作である。私は前掲書を再読三読し飽きなかった…

【実話怪談】なでわき

二歳になる柚子ちゃんは今日も目についた扉をノックしてはこう訊ねる。 「トントントン、だれのおうち?」 保育園で教わった、いまお気に入りの遊びなのだ、と母の亜希さんは語る。古くから農業を営む亜希さんの生家に里帰りした時のこと。 玄関の引き戸の前…

【読書感想】『煙鳥怪奇録 足を喰らう女』(竹書房怪談文庫)

煙鳥怪奇録 足を喰らう女 (竹書房怪談文庫 HO 607) 作者:煙鳥,高田 公太,吉田 悠軌 竹書房 Amazon "The horror! The horror!" ──Joseph Conrad "Heart of Darkness" 怪談蒐集家・煙鳥が集めたネタを、吉田悠軌、高田公太の実力派二人が「書き直す」シリーズ…

【腐茸会 活動報告】『ピェール 黙示録よりも深く』読書会

【課題】ハーマン・メルヴィル/牧野有通訳『ピェール 黙示録よりも深く』(幻戯書房)【日時】2023年4月22日(土)12:30〜17:00【場所】喫茶室ルノアール新宿役所横店 【参加】7名 ピェール: 黙示録よりも深く (上) (ルリユール叢書) 作者:ハーマン・メルヴ…

【読書感想】川奈まり子『家怪』(晶文社)

家怪 作者:川奈まり子 晶文社 Amazon 川奈まり子氏は現今、実話怪談をものする作家の中で、トップクラスのネタ量を有する方と言われている。が、一度でもその著作に触れた者ならわかるだろう。川奈氏ほど、質か量かという二分法が当て嵌まらないタイプの作家…

【実話怪談】カレー屋

「インドカレー屋って初見で入っても、まあハズレないじゃないですか」 亜紀さんはその日、駅前で南アジア系と思しき外国人から新規オープンしたカレー屋の五〇円引きクーポン券をもらった。ちょうどランチタイムだったので、それならと彼女は駅からほど近い…

【実話怪談】殺したゴキブリ

中津さんが殺したゴキブリの腹から白い小人が出てきて「オ祓イシテモ意味ナイヨ」と言った。小人はすぐにカーペットの下に潜ってしまい見えなくなったが、それからというもの、夜になると部屋のどこかから「ヒヒヒ……」というか細い笑い声が聞こえるそうだ。…

【読書感想】丸太町小川『実話拾遺 うつせみ怪談』(竹書房怪談文庫)

怪談本の感想文を書くのはずいぶんひさしぶりだが、年明け早々、素晴らしいものを読んだので。 実話拾遺 うつせみ怪談 (竹書房怪談文庫) 作者:丸太町小川 竹書房 Amazon 竹書房の怪談マンスリーコンテストが輩出した著者による初単著。帯には「ヴァナキュラ…

白シャツ

大学院生の吉永さんが友人であるS宅を訪ねると、お揃いの白い襟なしシャツを着た四、五人の男女がアパートの前にたむろしていた。円陣を組んで顔を突き合わせ、何事かをひそひそと相談している様子である。わきを通りすぎる際にチラッと見れば、彼らの着て…

【実話怪談】関係

今年で不惑をむかえる芳樹さんは、郵便ポストの投函口から猫の頭部らしきものがにょっきりと「生えて」いるのを、これまでの人生で計五回見たことがある。アッ! と思った時にはもう消えている。錯視というには、あまりにはっきり見えるのだとか。 そんな話…

【実話怪談】山でサヨナラ

京香さんの趣味は登山である。以前の会社で仲の良かった同僚の影響だが、いまでは関東、東北地方の山はひととおり踏破したという。再就職先でも山仲間が見つかれば、と思っていたところ、直属の上司にあたる魚尾という男が、「山好きなんだって? 実はおれも…

わからなさと踊れ 高田公太「あるファンからのメール──愚狂人レポート」感想

気狂いとはおのれのことしか考えぬ者の謂である。 (エリアス・カネッティ「眩暈」池内紀訳) ああ、バートルビー! ああ、人間!(ハーマン・メルヴィル「書写人バートルビー」柴田元幸訳) 高田公太さんのnote連載小説「あるファンからのメール──愚狂人レ…

【実話怪談】オムライス

ひさびさの外食でオムライスを食べた岩村くんが食後の珈琲を飲みながら某SNSを開くと、つい数分前に彼をフォローしている人がいた。なんだか政治的に混み入った話をぽつぽつと呟いている感じのアカウントで、いったいどうして岩村くんをフォローしたのか…

【実話怪談】もずじまい

山形県出身の友人に聞いた話。彼の曽祖父の親次さんは納豆餅が大好物だった。丸餅に納豆とねぎ、大根おろしなどを乗せ醤油をかけたもので、山形では正月のポピュラーな餅料理だ。そして年季の入った餅好きは、この納豆餅を食べるというより、一口でつるッと…

【実話怪談】おじさん

台湾人留学生の永波さんがアルバイト先の個人経営の居酒屋で立ったままうとうとしていると、入口の自動扉が開く気配がした。「いらっしゃいませー」咄嗟にそう言いながら腕時計を見れば、深夜三時をまわったところだった。二十四時間営業の店とはいえ、こん…

【実話怪談】おばさん

ヨシオさんが小学四、五年生の頃、近所の駄菓子屋の前で友人のヌマタくんと駄弁っていると、知らないおばさんに声をかけられた。ヌマタくんによく似た、垂れ目のおばさんだった。おおかた親戚だろうと思った。けれどヌマタくんはおばさんとあまり言葉を交わ…

【実話怪談】結婚してます

奈美さんが某マッチングアプリで知り合った男と三回目の食事に行った際、不意に店の電気が消えたと思ったら、奥のほうから結構な数の蝋燭が立てられたホールケーキを持ったギャルソンが近づいてきたので厭な予感がした。 案の定、奈美さんの予感は的中した。…

【実話怪談】置き引き

笠井さんははじめての海外旅行で置き引き被害にあった。レストランを出て友人と談笑しつつ百メートルほど歩いたところで、ポケットにスマホがないことに気づいたのである。さてはテーブルの上に置きッぱなしかと慌てて駆け戻るも、時すでにおそかった。最前…

【実話怪談】忠告──部屋に蛇が

晃司さんが社会人一年目の頃の話。仕事を終えた彼が帰宅すると、玄関扉に一枚の紙が貼られていた。そこには達筆な筆字で一言、 《部屋に蛇がいます》 と書いてあったそうだ。えッ蛇がなんで? と晃司さんはギョッとしたけれど、彼の住まいは東京の都心部であ…

【実話怪談】忠告──その子供

前浦さんが新宿の伊勢丹前で信号待ちをしていたら背後から肩を叩かれた。振り向くとそこには東南アジア系とおぼしき見知らぬ女が立っていた。女は彼のすぐ横のなにもない空間を指差しながら、「あなた、その子供どうしたか? よくないね。捨てなさい」それだ…

【実話怪談】忠告──心霊写真

綾乃さんが以前交際していた男と江ノ島に遊びに行った際、そこで撮った写真のすべてに同じ女が写っていた。岩谷洞窟でのツーショットに至っては、背後から男に覆いかぶさろうとしている女のすがたがきわめて鮮明に見てとれたという。女の左目はマジックで塗…

【実話怪談】こっくりさんの歌

三芳さんが中学生の頃、クラスの隠キャグループ四人組で放課後にこっくりさんをやろうという話になった。三好さんも四人のうちのひとりである。が、いざ放課後になってみると、いったいだれが漏らしたのか「隠キャたちがこっくりさんをするらしい」という情…

【実話怪談】カメ田カメ吉

現在、銀座のクラブで働く花音さんは小学校低学年の頃、両親と車ですこし離れたところにある自然公園に遊びに行った。そしてそこにある池で、一匹のミドリガメを捕まえたのだという。 花音さんはそのカメをカメ吉と名づけた。飼いはじめのうちこそ甲斐甲斐し…

【実話怪談】ひとだまワープ

タクシー運転手の戸塚さんが長距離の客を乗せた帰りに流山あたりの田圃道を走らせていると、不意に目の前をひとだまが横切ったのだという。 「街灯もないような道でしたから、そりゃもうはっきり見えましたよ。漫画なんかだと丸くて尾を引いてるようなかたち…