悲鳴窟

怪談その他

【実話怪談】もずじまい

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山形県出身の友人に聞いた話。
彼の曽祖父の親次さんは納豆餅が大好物だった。丸餅に納豆とねぎ、大根おろしなどを乗せ醤油をかけたもので、山形では正月のポピュラーな餅料理だ。
そして年季の入った餅好きは、この納豆餅を食べるというより、一口でつるッと飲み込むのである。
この食べ方を「餅飲み」といい、昔はどの村にもこれを得意とする人がいたものだという。

親次さんは「餅飲み」の達人だった。
調子のいい時は一人で三升もの餅を平らげたとかで、その食いっぷりから、正月には近隣の家に招かれ、妙技を披露していたそうだ。
けれどある時期から彼は「餅飲み」をぱたりとやめてしまい、大好きだった納豆餅を避けるようになった。
その理由を訊かれると、決まってこんな話をしたのだという。

ある正月の晩、親次さんは自宅の土間で服に積もった雪を落としていた。
親類の家に新年の挨拶に行き、好物の納豆餅をたらふくご馳走になったのである。
鼻歌まじりに納豆餅の味を反芻していると、ほとほと、と戸を叩く音がしたという。
こんな夜更けに?
訝しく思いながらも親次さんは戸を開けた。
だれもいない。
外には白い静寂が広がっているばかりだ。
気のせいか?
戸を閉め、背後を振り向いた親次さんは妙なものを見た。
それは子供の頭ほどの大きさの白い球体で、搗きたての餅に似ていた。ホバリングするように浮いている。暗い土間でもはっきりと視認できるのは、球体自体がぼんやりと発光しているのだろう。
茫然と見つめていたら、球体の表面に、ぽこッ、と穴があいた。
更にひとつ、ぽこッ、また続いて、ぽこッ、ぽこッ……瞬く間に穴あきチーズのようになったそれがスーッと平行移動し、親次さんとの距離を詰めた。
思わず手で顔を覆うと喉のあたりにひんやりした感触があって、直後、耳元で、

《餅(もず)で死ぬぞ》

というしわがれた男の声がした。
気づいた時にはもう球体は消えていたが、その一件以来、どうしても納豆餅が喉を通らなくなってしまった。

以上が親次さんが語ったとされる体験だが、これには後日談がある。
結局、親次さんは九十歳まで生き天寿を全うした。
しかし彼が亡くなってからというもの、友人の家では、血縁の者が正月に納豆餅を食べようとすると、耳元で、

《餅で死ぬぞ》

という声が聞こえるそうだ。
そしてその声は親次さんのものにたいへんよく似ているということなのである。