悲鳴窟

怪談その他

【実話怪談】なめとも

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古い友人と言えないこともない秋谷が真夜中に酩酊し道端に倒れたところをトラックに轢かれて死んだ日、東海林さんは奇妙な体験をしたという。

その日、東海林さんはどうにも寝付けず、居間でウィスキーのグラスを重ねていた。
時計を見ると、午前二時をまわったところである。
にもかかわらず、いつまで経っても眠気はやってこない。反対に、飲めば飲むだけ目が冴えてくるようだった。
次の日は土曜日で仕事も予定もなかったから、東海林さんは、こうなったら朝までとことん飲むかと腹を据えた。
それなら追加の酒をと立ち上がりかけたところで、寝室に通じる襖がスーッと開いた。

最初、東海林さんは妻か娘が起き出してきたのかと思ったそうだ。
しかし予想に反して寝室から出てきたのは友人の秋谷で、彼はニタニタと笑いながら、
「ようしばらく。元気してたか?」
などと言いつつ、東海林さんのほうに近づいてくる。
秋谷の顔を見た瞬間、東海林さんは嫌悪感をおぼえた。
というのも実は東海林さんと秋谷とは小学校の頃からの腐れ縁だったのだが、十年ほど前、東海林さんが当時交際していた女性に秋谷がちょっかいを出したのが原因で、絶縁状態が続いていたのである。
「てめえいったいなんの用だ? これは夢か? それともなんだな、いよいよくたばりやがったのか? バケモンか? だとしたらいい気味だが、おれんところにノコノコやってくるってのはどういう料簡だ? おお? 舐めた真似すると叩ッ殺すぞ、このタコ!」

江戸ッ子の東海林さんが舌鋒鋭く秋谷を罵倒すると、
「あんまり邪険にするなって。昔のことは水に流そうぜ」
秋谷はそう言って東海林さんの首ッ玉に抱きつくなり、べろり、と彼の頬を舐めたのだという。
途端に、糞尿と焼酎をカクテルしたような凄まじい悪臭が鼻をつき、東海林さんは気絶した。

翌朝、目が覚めると、顔中におそらくはじぶんのものであろう反吐がこびりついていた。

なんという不愉快な夢だろう。

東海林さんが憤っていたら電話が鳴った。

秋谷の死を知らせるものだった。

正直、葬儀に顔を出したくはなかったが、そのせいでまたおかしな夢を見るのは御免被りたい。

しかたなく通夜にだけは出掛けていくと、出席者のなかには、生前の秋谷に金や女のことで不義理をはたらかれた者も数名いて、彼らはみな一様に、じぶんがいまこんな場所にいるのはまったくの心外であるという表情を浮かべていた。

さてはこいつらも同じ目に遭ったんだなと直感したものの、そんな話を肴に故人を偲んでやるのも癪に触るから、東海林さんは焼香だけ済ませ、さっさと斎場を後にしたということだ。

いまから三十年ほど前、東海林さんがまだ三十代の頃に、そんなことがあったのだそうだ。