悲鳴窟

怪談その他

【実話怪談】ポッポの窓

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奈緒さんの家では、一人息子の仁くんが意味のある言葉を発するようになった。
「まだまだ単語だけですけどね。『パパ』『ママ』『ワンワン』とか、そういうの」
最近では「ポッポ」を覚えた。公園で鳩を見かけるたびに「ポッポ、ポッポ」とうれしそうに繰り返している。

その仁くんがある日の夕方頃、不意に「ポッポ」とリビングの窓を指差した。
見ればベランダに一羽の鳩がいた。奈緒さん宅はマンションの八階である。
「結婚前に住んでた部屋は鳩の糞害がひどくて……。ただ、いまの部屋に越してからは、ベランダに鳩が来ることなんて一度もなかったんですよ」
めずらしいなと思いつつも奈緒さんは、
「えらいねえ! よくわかったねえ!」
と大袈裟なほど息子を褒め頭を撫でた。
仁くんはご満悦の様子であった。

それからというもの、仁くんが「ポッポ」と窓を指差すようになったそうだ。
その都度、奈緒さんがベランダを見やると、そこにはちゃんと一羽の鳩がいるのである。時刻は決まって夕方頃だった。
最初は気にしていなかったが、そのうち奈緒さんには、仁くんが鳩を指差して「ポッポ」と言っているというよりは、仁くんがそうすることによってベランダに鳩が出現するのではないか、と思われてきたのだという。
つまり仁くんは「アポート(物体引き寄せ)」の超能力を有しているのだろうか。
そんなバカなことはないとは思うものの、なんだかすこし気味がわるい。
それで奈緒さんは仁くんとふたりきりでいる時は、極力、窓のカーテンを閉めておくことにしたのである。

そんなある日のこと、奈緒さんが夕飯の支度をしていたら、リビングで『おかあさんといっしょ』を観ていた仁くんが「ポッポ! ポッポ!」と叫び出した。
奈緒さんは「あッ」と思った。
「そういえば洗濯物をとりこんだ時、カーテンを閉め忘れていたかもと。また来てるのかあ……ってなんとなくいやな感じだったんですけど」
「そうね、ポッポね」
奈緒さんがいい加減な返事をした直後、
「パパ」
大人のような声で仁くんはそう呟いたという。
奈緒さんは反射的に振り向いた。
窓の向こうに、夫が立っていた。
夫は血の気のない青褪めた顔で、仁くんを見つめている。目には生気がなく、黒目の部分がどろりと白濁していた。半ば開けられた口からは赤い糸のようなものが垂れ、そして、
「頭がぱっくり割れてたんですよねえ……。よく柘榴みたいだなんて言いますけど、ほんとそんな感じで……」
仰天した奈緒さんは近隣の住人に警察を呼ばれるほどの絶叫をあげたとのことだが、窓から覗く夫のすがたは一瞬でかき消えたそうだ。

現在、奈緒さんたち夫婦は夫の転職について話し合っているところだという。
「彼の仕事柄、いつかあの日のすがたみたいなひどいことになってしまいそうで……」
奈緒さんの希望により旦那さんの職業は伏すが、なるほどたしかにそれは不安だろうと思わされた。
いまでも仁くんは「ポッポ」が大のお気に入りである。