悲鳴窟

怪談その他

【実話怪談】片腕

f:id:Mishiba_Y:20211207202538j:plain佑美さんは学生の頃、ホテルのラウンジで給仕のアルバイトをしていたが、そこで知り合った裕福そうなおじさんに何度か食事に誘われたことがあるそうだ。
飲食関係の会社で役員をしているとかいう品のいい男性だったので、食事くらい別にいいかとも思ったが、その都度、約束当日になると、親族に急な不幸があったりお腹の風邪をひいたりして、先延ばしになっていた。

ある朝、佑美さんが駅でぼんやりと電車を待っていると、向かい側のホームにそのおじさんがいるのに気づいた。
いつもは三つ揃えで渋く決めているような人なのに、その時は、よれよれの黄色いジャンパーにジーンズというくたびれた服装だったという。

役員さんでも電車とか乗るんだな。
ていうか、同じ駅使ってたの?

そんなことを考えながら観察していたら、おじさんは足元に置かれた黒のキャディバックの上にかがみ込み、ジッパーを開けた。
ゴルフの素振りをするにしても、公共空間で実物を出すのはまずいだろう。
そう佑美さんは思ったが、おじさんが取り出したものを見て唖然とした。

人間の腕だった。
二の腕のあたりがふっくらとした曲線を描いていることから、おそらくは女性のものである。
義手だとしたらおそろしく精巧に作られているが、まさか本物の腕を持ち歩いているわけがない。しかし遠目から見ると、質感も色合いも女性の腕そのものである。
おじさんはその腕をしげしげと見つめ、愛おしそうに撫でさすり、しまいには頬擦りまではじめたという。
その様子を見ているうちに、佑美さんは気分がわるくなってきた。
彼女がその場にうずくまると、しばらくして背後から「大丈夫ですか?」と声をかけられ、頷きながら振り返ったら声の主はどこにもいなかった。
向かいのホームにはもうおじさんのすがたもなく、佑美さんは狐につままれたような気がした。

それから一週間後、アルバイト先で、あのおじさんが交通事故を起こして被害者の女性は一命をとりとめたものの、片腕を切断する大怪我をしたそうだという話を聞かされ、佑美さんは気が遠くなった。
おじさんが女性を轢いたのは、佑美さんが駅のホームで彼を見かけたその翌日だったという。