悲鳴窟

怪談その他

【実話怪談】出れねえ

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彰人さんのおじいさんはもともと変わり者だったが、ストッパーの役割を担っていた妻を癌で亡くして以来、その奇行に拍車がかかった。
具体的には、暇と金にまかせて家の増改築を繰り返した。その結果、彰人さんの実家は、どこにも通じていない扉、一階から直接三階へと続く階段、ベランダからしか入れない用途不明の一畳間……とさながら忍者屋敷のごときギミックが満載されてしまった。
更にはおじいさんは、オカルト、スピリチュアル関連の書籍を手当たり次第に読み漁り、そこから得た風水だか家相の知識に基づいて、家具の配置を変え、壁紙の色を塗り替えた。挙句の果てには水の流れがわるいと言い出し、勝手に水道工事をはじめようとしたので、彰人さんたち家族はあたまをかかえていたという。

ある日、そのおじいさんがいきなりすがたを消した。
捜索願いまで出したのだが、数日後、洗面所の床下に作られた収納スペースのなかで膝を抱えて死んでいるのが発見された。そんなところに床下収納があるなんてことを、家族のだれも知らなかったのである。
それからというもの、家にいると、裸足の足音や壁を引っ掻くような音が聞こえるようになり、家族はみな気味わるがっていたそうだ。
いっそのこと、家を売りに出してマンションでも借りようか、という提案もなされたらしいが、こんなわけのわからない家を買う物好きがいるとも思えなかった。

おじいさんが亡くなって一月ほど経った頃、彰人さんは夢を見た。
おじいさんがひとり狭い部屋のなかを行ったり来たりしている夢だったという。
その部屋は三畳ほどの広さの畳張りで、彰人さんには見覚えがなかったけれど、まちがいなくこの家のどこかだな、という確信があった。四方の壁には、出入り口はおろか窓や換気扇のようなものも見当たらず、ひどく息苦しそうな空間である。
夢のなかのおじいさんは汗だくで、いまにも泣き出しそうな表情を浮かべていた。そうして部屋のなかをペタペタと右往左往しつつ、カリカリと爪で壁を引っ掻いていた。
「出れねえ、出れねえ」
喉の潰れたような掠れ声で、おじいさんはそう繰り返していたそうだ。

翌朝、彰人さんが居間に行くと、両親と妹が暗い顔で朝食をとっていた。
それで彰人さんは「ああ」と思った。
同じ夢を見たんだな。
ペタペタ、カリカリというあの音が、無言の食卓に響いていた。くぐもった声のようなものが聞こえた瞬間、父親がテレビのボリュームを上げた。
彰人さんはその後すぐに上京し、以来、一度も実家には戻っていないが、両親と妹はいまもまだその家に住み続けている。