悲鳴窟

怪談その他

【実話怪談】はじめての初詣(たぶん最後)

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むかしの教え子で、現在は都内の専門学校に勤めている張さんに、
「なにか怖い話、不思議な話ってある?」
と訊いたところ、
「日本の初詣は怖いですね」
と返ってきた。
「それはつまり人が多いから?」
そうじゃなくて、と彼女は首を横に振り、
「わたし、××神社に初詣した時、お化けを見ましたよ」
早速、話をうかがった。

彼女が学生の頃というから、いまから七、八年前の正月のことである。
張さんは、上海から遊びに来ていた友人の希望で初詣に行くことになった。
彼女自身もはじめての初詣である。どうせなら大きい神社がいいだろうと××神社を選んだのが大失敗で、とにかくすさまじい行列に、ふたりは鳥居を潜る前からもう嫌気がさしていたのだという。
二時間以上並んでようやく本殿が見えてきたのだが、そこで友人が、
「あれはなんだろう?」
と本殿の屋根の上を指差した。
張さんもそちらを見たが、変わったものはなにもない。そう答えると友人は、
「いやいや、猿みたいなものがいるでしょう? 屋根の上で踊っているよ」
「はあ?」
……この人、頭がどうかしているのでは?
そんなふうに思った直後、
「あれッ?!」
思わず声が出た。
本殿の屋根の上、友人が指差したあたりに、白いもやのようなものが揺れている。
張さんが目を凝らして見つめていると、そのもやがすこしずつ、はっきりした像を結びはじめたのだという。
「あ、見えた」
「ほら! やっぱりいるでしょう!」
「うん……でもあれ、猿かな……?」
いまや張さんも屋根の上の《それ》をはっきりと認識していた。
しかし《それ》は猿などでは決してなかった。
張さんが見ていたのは、老婆だった。あるいは老婆の顔をした案山子だった。《それ》は左右にぐらぐらと大きく揺れながら、眼下の人波をおそろしげな表情で睥睨しているのだった。
「……帰ろうか?」
どちらからともなく、そんな言葉が漏れた。

後日、張さんが別の友人にその出来事を話したところ、
「ああ、あの神社、変なものがいるよね」
そう言われて更におどろいたのだが、なんでもその人が見た《それ》は、本殿の上空を高速で旋回する巨大な髑髏だったそうである。

神さまだか妖怪だか得体の知れないああいうモノがすべての神社にいるわけではなかろう、と張さんは思っているが、それにしても人混みに揉まれるのはこりごりなので、初詣に行くことはたぶんもうないということだ。