悲鳴窟

怪談その他

【実話怪談】カレー屋

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インドカレー屋って初見で入っても、まあハズレないじゃないですか」

亜紀さんはその日、駅前で南アジア系と思しき外国人から新規オープンしたカレー屋の五〇円引きクーポン券をもらった。
ちょうどランチタイムだったので、それならと彼女は駅からほど近いその店を訪れることに。
店内に足を踏み入れると、食欲をそそるスパイスの香りが鼻腔をくすぐる。
無表情な店員の案内で席に通され、本日のオススメだという豆カレーとシークカバブのセットを注文する。ナンは好きだがやや胃にもたれるので、サフランライスを頼んだ。
注文が届くまでのあいだ、手持ち無沙汰の亜紀さんは店内の様子を観察した。
天井近くに設置されたテレビ画面では、インド映画のミュージカル部分だけを切り抜いた映像が流れている。
空調はよく効き、店内は清潔。店員はやや無愛想だが、どこのインドカレー屋もだいたいこんなものだろう。
にもかかわらず、店には亜紀さん以外の客がいない。
──オープンしたばかりで、これはヤバいんじゃないかな?
じきに正午であった。
「オマタセシマシター」と先ほどの店員が盆に載せた料理を運んできた。
来た来た、と亜紀さんは早速、カレーに浸したライスを口に運ぶ。
生臭い、どころではない。
夏場に放置した魚の臓物のような臭いが口中に広がり、亜紀さんはあわててコップの水を飲む。
──うげっ、このカレー腐ってる!
文句のひとつも言ってやろうと振り向くと、すぐ後ろにさっきの店員が突っ立って亜紀さんを凝視していた。
「オネサン、クサイカ? マズイカ? デモショガナイ。アンナノイタラ、ショガナイヨ」
そう言って指差すほうを亜紀さんが見たら、すこし離れたテーブルの下に、人間の、それも女児の顔をした毛むくじゃらの猿みたいな動物がしゃがみ込み、こちらにヘラヘラと笑いかけていたという。
会計も払わず店を飛び出した亜紀さんは、もう二度とそのカレー屋には行かなかった。前を通るのも躊躇した。
そうしたところ、店はオープン間もないというのに不審火で全焼してしまい、一年経った今では餃子が売りの中華料理チェーン店になっている。
亜紀さんはカレーと同じくらい餃子も好きだが、試してみる気にはならないそうだ。

「カレーがダメで餃子はオッケーなんて話はないですもんね」