悲鳴窟

怪談その他

白シャツ

大学院生の吉永さんが友人であるS宅を訪ねると、お揃いの白い襟なしシャツを着た四、五人の男女がアパートの前にたむろしていた。円陣を組んで顔を突き合わせ、何事かをひそひそと相談している様子である。
わきを通りすぎる際にチラッと見れば、彼らの着ているシャツの左胸には赤い糸で三日月のようなマークが刺繍されていた。
「変なやつらがいなかったか?」
部屋に入るなり、Sはそう訊ねてきた。まだ明るい時刻だというのに、カーテンを閉め切っている。
「いたよ。なんだあれ? 宗教の勧誘か?」
「わからん。昨日からずっとつけられてる」
吉永さんは「こいつ大丈夫か?」とSの顔をまじまじと見つめたが、どうやら本気で言っているらしい。常にない、おびえた表情を浮かべている。
「追われるようなことをしたのかよ?」
「心当たりはある。大学裏にあるカラオケ屋、わかるだろ?」
「ああ、ボヤ出して閉店したところか。それがどうした?」
「昨日あそこに彼女とおれとで……なんというか、忍び込んだんだ。それで、あんまりこう……他人には言えないことをしたんだが、その時から監視されてるみたいなんだ。彼女はいまじぶんちで、怖くて外に出られんらしい。おれもそうだ」
ちょっと彼女の様子を見てきてくれよ、と頼まれた吉永さんがひとまずベランダに出て外を確認したところ、白シャツたちの姿がない。
「もういないみたいだよ」と言いながら部屋に戻ると、Sは煙のように消えていた。玄関の鍵はかかったままで、靴も残されていたという。
彼女とも連絡が取れないまま、五年が経とうとしている。