悲鳴窟

怪談その他

【実話怪談】贋物二題

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ドッペルゲンガー、古くは離魂病、影のわずらいとも言う。
要するにもうひとりのじぶんがあらわれる現象であるが、このたぐいの話は古今東西枚挙に暇がない。ここではそのうち、ごく最近聞いて印象に残った話をふたつ紹介する。

裸踊り

美和さんが大学生の頃、同性の友人に「奔放な」性格の人がいた。性的な武勇伝(失敗譚も含む)をとにかくおもしろく話す人で、美和さんはそれを聞くたびに涙を流すほど笑っていた。
ある時、その友人が、
「どうしてもあなたと一緒にハプバーに行きたい」
と言い出したので、どちらかといえば性に消極的な美和さんは困ってしまった。
最初のうちは断っていたが、友人の熱意に負け、
「それならわたしは見学だけしてるから」
ということで、不承不承、行くことにしたそうだ。

はじめて行くハプバーで、美和さんはガチガチに緊張し、ひたすら縮こまってハイボールを飲んでいた。
友人はさっさといい相手を見つけて店奥のスペースに行ってしまい、ひとり残された美和さんに声をかけてくる男も当然いたのだけれど、彼女はブルブルと首を横に振るだけだったので、そのうちだれにも声をかけられなくなった。
はやく帰りたい、マジで帰りたい、いっそのことひとりで帰っちゃおうか。
そんなことをずっと考えていたらそのうち友人が戻ってきて、
「あなた、さっきすごかったね」
ニヤニヤしながらそう言う。
なんのことだかわからない。
美和さんが困惑していると友人はこんなことを話した。

その店の中ほどにはステージのようになっている場所がある。ふだんはストリップやポールダンスのショーをしているのだが、たまたま通りかかった友人がステージ上を見ると、なんとそこに美和さんがいた。
美和さんは一糸まとわぬ全裸で、上下運動をやたらと反復する、部族の儀式みたいなダンスを熱狂的に踊っていたそうだ。
聞かされた美和さんは唖然とした。絶対にそんなことはしていないと主張した。しかし友人も譲らず、
「わたしもびっくりしてちゃんと確認したから間違いないよ」
美和さんには首元と胸の真ん中あたりに特徴的なふたつのほくろがあるのだが、裸踊りをしていた美和さんにもちゃんと同じ位置にほくろがあったというのだ。
それを聞いて美和さんは気味がわるくなり、同時にものすごい羞恥心におそわれた。

その日以降、どれだけ誘われても美和さんがハプバーに行くことはなかった。しかしおそらくはおしゃべりな友人のせいで「美和さんがハプバーで裸踊りをしていた」話はいろいろと尾鰭がついて広まってしまい、一時は精神的に相当追い詰められたとのことである。

不謹慎な歌

現在、イタリア料理の店を営まれている五十代の森本さんから聞いた話。
彼が小学六年生の頃、帰宅した父親にいきなり拳骨を食らわされたのだという。
森本少年が涙目で抗議したところ、
「おまえ、いたずらにしても不謹慎すぎるぞ!」
と怒鳴りつけられ、更に一撃をこうむった。

聞けば父親が駅からの道を歩いていたら、どこかから歌声が聞こえてきた。それがどうも息子の声ではないかと思われる。不審に思った父親が近くを探しまわってみると、ある家の前に森本さんが立っていた。
その家というのが半年ほど前に一家心中があったところだった。妻が寝ている夫と子供を包丁で刺し殺し、みずからも喉を突いて死んだという話だった。無理心中だろうとも言われていた。
そんな家の前で息子がなにをやっているのか。
見れば、森本さんは手を胸の前で組み、おかしな歌を歌っている。歌いながら上体をぐらぐら揺らしている。お経のような単調な節回しで「おめでとう」「うれしいうれしい」というようなフレーズを繰り返す歌だったそうだ。
息子のそんな振る舞いを認めた父親はカッと頭に血がのぼり、大声をあげながら駆け寄っていった。
すると森本さんは嘲笑するような笑みを浮かべて、向かいの家の生垣の下に潜っていってしまい、あとはもうどこを探しても見つからなかったというのである。

「そんなこと言われても……」
森本さんは頭をさすりながら父に訴えた。
「おれ、今日は学校帰ってからずっと家にいたよ」
母親も森本さんの言葉を保証し、結局その一件は父親の勘違いということに落ち着いた。ただそれから、同じ家の前で「森本さんらしき少年が上体を揺らしながら不謹慎な歌をうたっていた」という目撃情報がいくつか寄せられたのだという。
本人も両親も困惑するばかりだったが、当の家が解体され更地になってしまうと、いつしかそんな話も耳にしなくなったそうだ。