悲鳴窟

怪談その他

【実話怪談】夜景を見る

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柚月さんが高級そうなスーツを着た中年の男と××山の展望台で夜景を見ていた。

隆二さんが友人からそう聞かされたのは柚月さんとの交際三周年を翌月に控えたある日のことだった。
××山の展望台といえばこのあたりでは有名なデートスポットで、そんなところに愛人だか不倫相手だかパパ活のおっさんだかと周囲の目も気にせず現れるとは、おれもずいぶん舐められたものだ、と隆二さんは激怒した。
ましてやその展望台は、ふたりが付き合いはじめの頃に何度か訪れたことのある思い出の場所だったのである。
涙をぼろぼろと零して怒り狂う彼を見兼ねた友人は、話し合いにはじぶんも第三者として同席してはどうか? と提案した。
隆二さんは「悔しい、悔しい」と嗚咽しながら友人の申し出を受け入れたという。

当日、隆二さんと友人が待ち合わせの喫茶店に入っていくと柚月さんはまだ来ておらず、二時間経っても姿を見せなかった。
隆二さんは、あいつマジで舐めてるよな、というような愚痴を延々と繰り返しながら柚月さんの到着を待ち、無論、その間、何度も彼女のケータイに電話を入れたものの、応答はなかった。
それで最終的には隆二さんが店内で爆発してしまい、大声を出したりテーブルを叩いたりしはじめたから、友人はなんとかそれを宥め、ふたりして柚月さんのマンションに行ってみることにした。

そこからの展開はショックが強すぎてあまり思い出せないとのことである。

要するに柚月さんは自室で事切れており、それはなんでわざわざこんな方法を選んだのかと疑問に思うほど、ひどい死にざまだったという。
遺書も残されていたが、隆二さんのことにも××山の展望台にいた男のことにも触れられておらず、柚月さんが、長年、鬱病に苦しんでいたことが縷々綴られていた。
そんなことがあってからというもの、隆二さんも心の病を患い通院するようになり、友人のほうも、じぶんが差し出がましい真似をしたせいでこんなことになったのではないか? との慚愧の念にとらわれ、ひきこもりがちになってしまったそうだ。

柚月さんの死から半年ほど経った頃、友人が自宅でぼんやりテレビを見ていると、妹から電話がかかってきた。
用件というほどのこともない世間話で、つまりじぶんはそれほど心配されているのだ、と友人は思った。
しかしその会話の中で妹が、

「こないだ××山の展望台で隆二さんを見たよ」

と言い出したから、友人は氷水を浴びせられたように全身が冷えていくのを感じた。

「あんなことがあったのに薄情だよね。それとも、前に進めてよかったって素直に祝福してあげるべきなのかな。世間一般的にはそうなんだろうけど、おにいちゃんだってまだ立ち直れてないのに」

そうまくしたてる妹を遮り、最初から順を追って話すよう頼んだところ、どうやら隆二さんには新しい恋人ができたらしく、××山の展望台で夜景を眺めている姿が、妹のみならず、数人の友人たちによって目撃されているとのことだった。
しかも隆二さんと親密そうに夜景を見ていた女性というのが、制服こそ着ていなかったものの、高校生か、ともすれば中学生くらいの少女だったそうで、あいつはちょっとヤバいのではないか? という風聞が、隆二さんを知る人たちのあいだで流布しているのだという。

それを聞いた友人は頭を抱えてしまい、より一層、精神的にも身体的にも疲弊してしまったのだが、そんなことがあってから数週間後、今度は、隆二さんが亡くなった、それも自殺であるとの報を受け、じぶんはもう無理だとすぐさま遠方にある親戚の家に身を寄せ、家族以外との連絡をすべて絶ってもう五年になる。

そんなある日、友人が某SNSを見るともなく眺めていたら「××山展望台」という文字列が目に入り、瞬時に全身が総毛立った。
記事によると、数年前からそこで夜な夜な男女ふたりの幽霊が肩を寄せ合い、夜景を見ている姿が目撃されるということだった。
それは悲恋の末、展望台から身を投げ命を絶った恋人同士の幽霊で、ひとりは高級そうなスーツを着た中年の男性、もうひとりは高校生か中学生くらいの少女である、とそこまで読んで友人はものすごい吐き気におそわれ、トイレに駆け込んだ。

いまではもう「展望台」とか「夜景」という言葉を目にするのもいやなのだという。