悲鳴窟

怪談その他

【実話怪談】雨合羽

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ある晩、予備校生で一人暮らしをしている光輝さんが自宅マンションのエントランスでエレベーターを待っていると、背後でドアを開閉する音がした。
肩越しにちらりと見たら、そこには黄色い雨合羽を着た五歳くらいの男の子がいたそうだ。
こんな時間にひとりでどうしたのかな?
光輝さんは思った。
このマンションの子だろうか? たぶんそうだろうな。家出とかそういうこと? いや、それにしちゃ小さすぎるよな。
そんなことを考えているうちにエレベーターが着いた。

さっさとそれに乗り込み、うしろを振り向いた彼は「あれ?」と思った。
さっきまで男の子がいた場所に、同じく黄色い雨合羽を着た女が立っていたのである。
すばやく視線を巡らせるが、エントランスにさっきの子どものすがたはない。
見間違えたなんてことはないよな……。
無気味に感じつつも光輝さんが、
「乗りますか?」
と訊くと、女はカタカタカタカタ……とカスタネットを叩くような音を立てて、小刻みに首を振った。
その様子があまりに異常だったので、光輝さんはあわてて「閉」ボタンを押した。
彼の部屋は四階である。
エレベーターの中で、いましがた見たふたりの顔を思い出して、光輝さんは全身の震えをおさえられなかった。
その時はなぜか奇異にも思わなかったのだが、男の子も女も、木の肌を釘で引っ掻いたような目鼻立ちをしていたのである。
おまけに彼らが着ていた黄色い雨合羽は、雨でもないのにぐっしょり濡れていた。というか、雨でもないのに雨合羽を着ていたことの異常性にも今更のように気付かされて、光輝さんはより一層、生きた心地がしなかった。
エレベーターが四階に着いた。
扉が開くと同時に外に飛び出した光輝さんがエレベーター脇の階段の前を通りすぎる際、すぐ下の階から、カタカタカタカタ……というあのカスタネットのような音が聞こえた。
大急ぎで部屋に駆け込むと、その晩は頭から毛布をかぶり、イヤホンでずっと音楽を聴いていたそうだ。
にもかかわらず、曲と曲の途切れ目にカタカタカタカタ……という音を何度か耳にしたような気がするという。

光輝さんが部屋の外に出たのは次の日の昼頃で、その日は朝からしとしとと陰気な雨が降っていた。
さすがにもう大丈夫だろうと思いながらも、念のため階段を使って、おっかなびっくり一階に降りてみると、エントランスに設置された掲示板に、
《夜間に階段でお子さんを遊ばせるのはやめてください。危険ですし迷惑です》
と書かれた紙が貼られていた。
その貼り紙と昨夜の出来事となにか関係しているような気はするものの、光輝さんによると、それ以降は特におかしなことは起きていないということである。