【実話怪談】駐輪場

和馬さんが以前よく利用していたスーパーの駐輪場の話である。
その駐輪場は、店の裏手のちょっとした死角に設けられていた。だからなのか、時折、近所の高校生がたむろしていたり、ホームレス風の男がシケモクを吸っていたりということがあったらしい。
もちろん店側もそれを問題視した。監視カメラを設置する、警備員の数を増やすなどいくつか対応策は講じていたものの、効果のほどはいまひとつはかばかしくなかったようだ。
和馬さんはその晩、海外に長期出張することが決まった友人の壮行会でしこたま酒を飲んだ。最寄駅に着いたときには、満足に足を運べないほどに酩酊していた。
目についた自販機でペットボトルの水を買う。それを飲み飲み千鳥足で帰路をたどっていったところ、途中、和馬さんは不意に尿意をおぼえたという。
家までは五、六分もかからない。シラフなら我慢して歩を進めるのだが、そのときは酔いのせいで気が大きくなっていた。
和馬さんは特に考えもなしに道の奥まったところに入っていった。
そこにはちょうど、くだんの駐輪場がある。
よく利用する店だから、監視カメラの位置は把握している。この時間なら警備員がいることもないだろう。
念のため最奥部の、通りからは目につかない場所まで入り込むと、和馬さんはズボンのファスナーを下げた。
目覚めたら自宅のベッドにいた。
時刻は午前十時前。昨日あれだけ痛飲したにもかかわらず、体調は思いのほかよかった。
シャワーを浴びながら昨晩のことを思い出そうとするも、和馬さんの記憶は、駐輪場で立ち小便をしかけたところでぷっつりと途絶えている。
一抹の気味悪さをおぼえつつ、和馬さんは身支度をし、家を出た。昨日のスーパーで菓子パンでも買うつもりだったのだ。
が、スーパーは休みだった。入り口にはシャッターが下ろされ、臨時休業と書かれた張り紙がしてある。
めずらしいこともあるなと和馬さんは思い、なんの気なしに駐輪場のほうに足を向けた。
駐輪場の前に人だかりができていた。黄色い規制線が張られ、そこから警官が出入りしている。
「自殺だってさ」
「まだ若いのに」
「どうしてこんなところで」
「それもそうだけど、なんでまたあんな」
「ほんとにねえ」
野次馬たちが口々に言い交わしているのが耳に入った。
和馬さんは呆然とその場に立ちつくしてしまった。
「あー、そこのおにいさん、ちょっとちょっと」
見れば一人の警官が和馬さんを手招きしている。
ひょっとすると面倒なことに巻き込まれたのかもしれない。
和馬さんがそう思った次の瞬間、
「おにいさんって、霊感とかあります?」
警官はそう言った。
和馬さんは一瞬、思考停止に陥った。警官は満面の笑みを浮かべ、手招きを続けている。
その警官のすぐ後ろに、等身大の真っ赤な煮凝りみたいなものが浮いていた。ぶよぶよした指のない掌を和馬さんに向け、警官の動きを真似るようにおいでおいでをしているようだ。
周囲の喧騒が不意に消えた。
その場の野次馬たちがみな、押し黙って和馬さんを見つめていた。
和馬さんは悲鳴をあげてその場から逃げ去った。案に相違して、誰も追いかけては来なかったという。
後日聞いた話によれば、前夜、その駐輪場では近所に住む大学生が自殺を遂げていた。
詳しい動機は不明だが、死因については、なぜこんな惨たらしい方法を、と警察も絶句するものだったらしい。
和馬さんが立ち小便をしたとき、駐輪場にはすでに大学生の死体があったのだ。
そのことと和馬さんの記憶の欠落にはなんらかのつながりがありそうだけれど、結局のところ、あの晩、なにがあったのかは今も思い出せないままである。
ちなみに、和馬さんには霊感なんてものはまるっきり備わっておらず、そんな不可解な体験をしたのは、後にも先にもそのときだけということだ。