悲鳴窟

怪談その他

【実話怪談】団子

ある日曜の昼頃、当時大学生だった岡本さんがアパートでごろごろしていると、玄関の扉を遠慮がちにノックする音が聞こえたのだという。

ドアを開けるとそこには知らない女が立っていた。
女は「近くまで寄ったから」とか「お団子買ってきたから」というようなことを早口でまくしたてるので、岡本さんはつい勢いに負け、部屋に招き入れてしまった。
とりあえずコーヒーを淹れて座ると、女は持っていたビニール袋からタッパーに入った団子を取り出し、「一緒に食べよう」と言う。
その様子があまりにも気安いせいで、岡本さんのほうでは勝手に、いつかの飲み会で知り合うかなにかして、住所を教えたんだろう、と合点したそうだ。
タッパーのなかを見れば、みたらしが二本、餡子が二本で、岡本さんはみたらし団子があまり好きではない。
迷わず餡子のほうを口に運んだところ、これが非常に美味である。あっという間に二本とも平らげていた。
ふつう、こういうときは一本ずつだよな。
そう思って女の顔を見ると、物凄い形相で岡本さんを睨みつけている。
目が合うと、女はおもいきり舌打ちをして立ち上がり、駆けるようにして玄関脇のトイレに入っていった。
そんなに怒ることでもなくないか?
岡本さんはそのまましばらくポカンとしていたが、気づいたときには部屋のなかがオレンジ色に染まっていた。
いつの間にか日が暮れている。
卓袱台の上に視線を落とすと、女が持ってきたタッパーもみたらし団子も消え失せて、中身のほとんどないコーヒーカップがひとつ、岡本さんの前にぽつんと置かれていた。

女の履いてきた靴も見当たらない。そもそもなにも履いていなかったのではないかとも思った。しかし、よくは思い出せなかった。
女の顔すら、いまとなってはおぼろげだったが、小鼻の横に小さなほくろがふたつ並んでいたこと、袖口のボタンがほつれていたことなど、細部の印象だけは鮮烈におぼえている。
無論、トイレのなかにも女はいなかった。
ただしその女と関係があるのかないのか、便器の水に、小さな蜘蛛の死体が浮いていた。

この話はここまでなのだが、なにか妙なモノに妙なものを食わされたのではないか、という疑念は二十年以上経ったいまでも払拭されておらず、それからというもの、岡本さんは団子が苦手になってしまったとのことである。