悲鳴窟

怪談その他

【実話怪談】他人心中

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ある日、眞子さんは恋人の恭二さんからおかしな相談を受けた。

「夜中に目覚めると、うちの玄関口に男が座ってるんだ。最初は俯き加減なのがちょっとずつ顔を起こして、このままいくと目が合う、顔を見てしまう、それだけは絶対にダメだ、そう思って目を瞑る。布団かぶって、寝ろ寝ろ寝ろ寝ろ寝ろ……って頭の中で呪文みたいに唱えてるうちに、気づくと朝になってる。玄関に、男はもういない」
そんなことがほぼ毎晩続くのだという。
眞子さんは心霊、オカルトの類を一才信じない。正直、バカバカしいと思った。
「身体は疲れてるのに神経が昂ってるからそういう変な夢を見るの。しばらく実家に帰るなり、友だちの家に泊まるなりしたらどう?」
とは言ったものの、恭二さんの実家は四国にあり、そう容易く帰省もできない。人付き合いの得意でない彼には、宿を貸すようか友人もない。眞子さんは実家住まいである。
ふたりして、うーん、と唸ってしまったが、結論は出なかった。

相談を受けて一週間ほど経ったある晩、眞子さんのもとに恭二さんから電話がかかってきた。
「どうしたの?」
「もうおしまいです」
「えッ?」
「わかんねえかなあ」
はあぁぁッ、と長いため息の音。
恭二さんの声にはちがいない。
が、電波がわるいのか、電話口から聞こえる声は奇妙にエコーがかかっている。
「ちょっと、どうしたの? いまから行こうか?」
「もうおしまいです」
「だから」
「一緒に行くから」「連れて行きますから」
「えッ?」
一方的に通話が切られた。
最後の声は二重に聞こえた。
ひとつは恭二さんの、もうひとつは、知らない男の声だった。
途端に、背筋にこれまで感じたことのないさむけをおぼえた。身体が硬直した。というか、動いてはいけないと思った。
もしいま玄関のほうを見たら、そこに、だれかが蹲っている。そんな気がしておそろしかった。
眞子さんはベッドの上で、微動だにもせず朝を迎えた。

一夜明け、眞子さんは近所の交番に駆け込むと、億劫そうな態度を隠そうともしない若い警官とともに、恭二さんのアパートを訪れた。
念のため合鍵を持ってきていた眞子さんだったが、それを使う必要はなかった。部屋の鍵はあいていたのだ。
恭二さんは布団の中で冷たくなっていた。
外傷はなく、不審死とのことで司法解剖も行われたが、結局、心不全として片付けられた。

ここまでは、眞子さんがなんとなく予想していたとおりだったのだが。

恭二さんの部屋ではもう一人、男が死んでいた。
その男はドアノブにビニール紐をかけ、俯くようにして首を吊っていたという。
死んでいたのは隣県に住まう四十代のサラリーマンだった。
当初、警察は事件性ありとみて恭二さんと男の関係を調べていたが、結局、ふたりのあいだにはなんの接点も見出せなかったそうだ。

薄情と知りつつ、眞子さんは恋人の葬儀には出席しなかった。