悲鳴窟

怪談その他

【実話怪談】めちゃくちゃ笑える動画を観せてもらった話

出版社の営業代行をしている五十嵐さんから聞いた話。

「出先で不愉快な目にあってね。もっともそんなことはしょっちゅうなんだけど、その日はどうもくさくさしてしちゃって。それで最寄りの飲み屋でひとりしめやかに飲むことにしたわけ」

カウンター席に通され、焼き鳥とポテトサラダと焼酎を機械的に口に運んでいると、となりの席にいる男がスマホの画面を食い入るように見つめ、小刻みに肩を震わせているのに気づいたという。
男はどうやら動画かなにかを観て笑っているらしいのだが、五十嵐さんからでは角度的に判然としない。

というか他人様のスマホを覗き見るなんてダメだろ、と五十嵐さんが思っていると、すぐ横で男が「んふッ」と短い笑い声を漏らした。
見れば男は顔面を紅潮させ、ほとんど歯を食いしばるようにして笑いを堪えているのである。

「たかが動画でそんなにも笑うことがあるか? って呆れたけどね。まあ、『居酒屋でひとりこんな動画なんかを観て笑いが漏れそうになってるおれ』みたいなシチュエーションが余計に笑いを誘うこともあるわな」

それにしても、と五十嵐さんは苦笑した。
ここまで笑えるってのは、いったいどんな動画を観てるんだろう。
チラリと視線を横に向けた五十嵐さんは、そこで「おや?」と思ったのだそうだ。

いままで気づかなかったが、男の顔に見覚えがあったのである。
それはじぶんと同じマンションに住まうサラリーマン風の男で、かっちりしたスーツ姿で出勤していくのを何度か見かけたことがあったのだ。

「察するにお堅い仕事なんだろうし、こんな感じで酒飲みながらおもしろ動画でも観るのが一種のストレス発散なんだろうな、と」

五十嵐さんはそう思ったのだという。
すると、こちらの視線に気づいたのだろうか、男は耳に挿していたイヤホンを取ってこちらに顔を向け、
「同じマンションにお住まいの方ですよね?」
と話しかけてきたので、五十嵐さんはしどろもどろになってしまい、
「ああ……たぶんその、そうですよね……お仕事おつかれさまです……」
「いま観てた動画、めちゃくちゃ笑えるんです」
「えッ? あ、そうなんですか……それはあの、どういう感じの?」
「どうぞ、ご覧になってください」
そう言ってスマホを手渡してきたそうだ。

「てっきりYouTubeかなんかを観てるのかと思ってたんだけどね。そうじゃないんだ。じぶんの端末に保存してある動画なのよ」

五十嵐さんがイヤホンをしたのを確認すると、男が脇から手を伸ばして再生ボタンを押した。
その瞬間、

ぎえええええええええええええええッ!

という怪鳥のような叫び声が五十嵐さんの耳を聾した。
反射的にイヤホンを取り外し画面を見れば、どこか夜の森のような場所で、ひとりの女が髪を振り乱し、絶叫している様子が映し出されている。
その手にはハンマーのごときものが握られ、女はそれで目の前の木になにかを打ちつけているらしかった。

五十嵐さんはあまりのことに茫然と三十秒ほどその映像を眺めていた。
ローアングルで女の横顔を撮影していたカメラが、次第に、木に打ちつけられているなにかにズームしていく。

藁人形だった。

人形の顔の部分には写真の切り抜きのようなものが貼りつけられており、それに気づいた瞬間、五十嵐さんは動画を停止した。

「いやいや、これからが笑えるんですよ」
言いながら、思い出し笑いなのか口元を歪めている男を無視して、五十嵐さんは店を出たのだという。

「もしかしたらあの後、ほんとうに爆笑のおもしろ展開が待ち受けてたのかもしれないけどね。そうだとしてもさすがに趣味がわるいよ。一瞬しか見えなかったけど、藁人形に貼られてた写真って」

──そいつ自身の顔だったんだ。

三年ほど前、半蔵門線沿線の居酒屋での話だという。