悲鳴窟

怪談その他

小田イ輔『怪談奇聞 祟リ喰イ』

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(2018年4月5日 初版第1刷発行)

目次
6 盆踊りにて
10 立ち傘
15 朝の異界
22 事故と縁
28 一人にしないで
33 暫定因果
39 続かぬ因果
42 砂糖と小麦粉
49 曼荼羅遺書
59 南米の鹿
66 廃屋の住人
70 幻覚か幽霊
77 食べられた記憶
81 虫の知らせ、あるいは道連れ
88 嘘から出たまこと
97 ミサイルと残像
102 あの人の可能性
111 ちゃんかちゃんか
116 山の後ろの海
123 K君の近道
130 それ以上の何か
136 ころぶ
143 カバンをリリース
149 お祖父ちゃんかだれかの声
153 S氏と餅の化け物
161 石が降って来る
164 ガスと幽霊
169 夢のきっかけ
173 口から出たもの
179 腹減り坂
183 空き家の女の子
188 アロエ
194 舞台袖にて
196 間借り希望
199 大人のコックリさん
204 祟り喰い
218 あとがき

「ホント、楽しい思いでしかなかったハズなんだよね。アンタが妙な話聞かせろなんて言うから、余計なこと思い出しちゃったよ」(「曼荼羅遺書」より)

小田イ輔の単著を読むのははじめてだったが、すごくおもしろかった。

この人の怪談に出てくる怪異には生臭さがない。

現世への執着とか、特定個人に対する怨恨等で動いているのではなく、人間とは全く異なる世界に生きるモノが、なにかの拍子でこちら側にひょいと顔をのぞかせでもしたような、そんなドライな質感がある。

伝わるかどうか心許ない喩えだけれど、怪異の表出とは、畢竟、一種のバグなのだろう。

更にそのバグには二種類あって、ひとつは人間側の、というか端的に脳のバグで、身も蓋もないことを言えば、筆者は、世の中にあふれる怪談の九割は脳の不具合だと思っている。

しかし時折、これは人間ではなく世界のほうがバグっている、としか感じられない怪談に遭遇することがある。このような話では、世界の構造そのものがなんらかの異常をきたしているわけだから、必然的に、既知の物語の枠組みからは逸脱してしまう。

本書収録の作品では、「朝の異界」「砂糖と小麦粉」「南米の鹿」「ミサイルと残像」「山の後ろの海」「K君の近道」「ころぶ」「夢のきっかけ」などが、そうした世界のバグについての話に分類されると思う。

これらの話は人によっては怪談と認識されない。意味不明な話だな、で終わってしまう。

怪談の既存の形式からあまりにズレているため、とりこぼされてしまうわけだが、とはいえそんな感じの変な怪談ばかりを披露してくれる奇特な人たちもちゃんといてくれて、無性にうれしくなってしまう。いまさらながら、要注目の作家。

オススメ怪談3選

①「曼荼羅遺書」
本書の白眉。これを怪談と言っていいのかどうか、ちょっとじぶんには判断がつかない。体験者本人にしてみれば「思い出したくない話」として蓋をして、忘却にまかせるほかないタイプの話なのだろうけれど、それを飯のタネ(言い方はわるいが)にする実話怪談作家という職業につきまとう業の深さをもひしひしと感じさせる傑作。怪談を数百話読み聞きしていると、たまにこういう途方もない話に出会ってしまう。

②「南米の鹿」
実話怪談が魔術的リアリズムに限りなく肉薄する瞬間。「津波じゃないか?」というわかるようなわからないような解釈を含めて、ひとつの世界観を形成している。冗談抜きで、ガルシア=マルケスの短篇集に入っていてもおかしくない話だと思う。

③「アロエ
本書中、最も暗い情念が渦巻く話。こういうタイプのドロドロした怪談は好みが著しくわかれると思うが、後味の悪さもこの書き手を語るうえでは外せないだろうと判断した。即死級の不幸が秒で訪れるタイプの怪談ともまたちがって、しみじみと「不幸だねえ……」とため息をつかせるタイプ。