悲鳴窟

怪談その他

【実話怪談】マサトが来てる

その日、翔子さんが帰宅したのは夜八時頃であった。
風邪でも引いたのか、頭が重く食欲もない。
「今日は夕飯いらない。体調わるい」
リビングにいた母に声をかけ、自室に戻る。
部屋着に着替えている最中、全身に悪寒が走った。
これはヤバいかも。
ベッドに倒れ込んだ彼女は、すぐに意識を失った。

次の朝、予想外にすっきりした目覚めをむかえた翔子さんがリビングに入っていくと、両親と弟がギョッとした表情で彼女を見た。
「おまえ、大丈夫か?」
父が不安げにそう尋ねた。
昨晩の体調不良のことだろうか。
「風邪気味だったけど、今日は全然平気みたい」
と彼女が返すと、今度は弟が、
「姉ちゃん、夜中に大変だったじゃん? 本気で頭がおかしくなったのかと思った」

両親と弟の話を再構成すると、こうである。

深夜三時頃、台所からする物音に、母が目をさました。
翔子さんか弟が冷蔵庫を物色しているのかと思ったが、そのうち、ひそひそという話し声が聞こえはじめたのだという。
「地上波では無理」「たしか去年の六月に」「底なし沼から」「花柄地蔵」「焼きそば食べた?」
漏れ聞こえる単語から会話の全体を推測しようとするのだけれど、さっぱりわからない。
次第に不安になってきた母が父を起こし台所に行くと、翔子さんがいた。
彼女は電子レンジの中に向け、何事かを語りかけていたのだ。
呼びかけに反応がないので父親が肩をつかむと、物凄い力で暴れ出した。
騒ぎを聞いてやって来た弟とふたり、なんとかおさえつけたが、その間、翔子さんはひたすら、
「マサトが来てるから! マサトが来てるから!」
と喚き続けていたという。
ようやく静かになったと思ったら、くうくうと寝息をたてはじめた彼女を自室に運び終えた頃にはもう朝方で、両親と弟はそれからずっとリビングで今後のことを話し合っていたというわけである。

そんなことを聞かされても、翔子さんにおぼえはない。
逆に、自分以外の家族の気が触れたのではないかと思ったそうだ。

首を傾げつつ自室に戻ると、枕元に一枚のメモ紙が置かれており、そこには家族のだれのものでもない筆跡で、

昨晩の件、期日までにご検討願います

とあった。
それが錯乱状態の翔子さんが口走っていた「マサト」からのメッセージなのかはわからないし、そうであろうとなかろうと、期日とはいつのことか、そもそもいったいなにを検討すればいいのか全くの不明であるから、翔子さんは途方に暮れている。