怪談
仏文科の学生だった隆之介さんが卒論のことで指導教授のもとを訪ねると、その先生がちょうど研究室から出てくるところで、「すぐ戻りますから」と言うがはやいか、小走りでいなくなってしまった。研究室のドアは全開だったから、隆之介さんは、ここで待てと…
美容師のセイイチさんが中学生の頃というから、いまから二十年ほど前の話である。ちょうどお盆の時期で、両親は留守にしていたという。 「墓参りにでも行ってたんじゃないかな」 そうセイイチさんは述懐したが、すぐに打ち消して、 「いや、でもそんなはずな…
牛窪さんが経営する中華料理店ではある頃から醤油の減りが尋常でなく早くなったのだという。奥さんとふたりで切り盛りする小さい店であるから、従業員がくすねているわけではない。考えられるのは外部から泥棒が入ったということだが、そのほかに盗まれたも…
ある晩、予備校生で一人暮らしをしている光輝さんが自宅マンションのエントランスでエレベーターを待っていると、背後でドアを開閉する音がした。肩越しにちらりと見たら、そこには黄色い雨合羽を着た五歳くらいの男の子がいたそうだ。こんな時間にひとりで…
これも「猫人間」「またのお越しを」の百花さんから聞いた話。 彼女が十九歳の頃、渋谷のM山町にあるクラブによく顔を出していた。 そのクラブはちょっと変わった店で、お客の平均年齢は三十代後半から五十代、店長兼DJをしていたノボルさんというおじさんの…
会社員の伊織さんが十年ほど前にした肝試しの顛末である。名古屋市東部に位置するH公園での出来事だという。既存の樹林地を利用しているその公園は、いまでこそバーベキューやソロキャンプに興じる人も多いが、昔はよく暴走族の溜まり場になっていたそうだ。…
名鉄瀬戸線の某駅にあるふたつの坂は、愛知県でも名の知れた心霊スポットである。 こう書いた時点でわかる人にはわかるのだけれど、ここではA坂、B坂と呼ぶ。 ふたつの坂にまつわるお化け話は古くからあったらしく、尾張藩士で儒学者の細野要斎が、幕末から…
琴美さんが当時交際していた彼氏のアパートにはじめて行った時のことだ。 アパートの階段を上がっていちばん手前の部屋の前を通りすぎる際、前を歩いていた彼氏が「うわッ!」と声をあげた。 見ればその部屋の表札部分にアニメのキャラクターが描かれた子供…
哲雄さんがまだ二十代半ばで、よくない知り合いから紹介されたよくない仕事をしていた頃の話である。 ある朝の五時頃、哲雄さんは前夜にひどい飲み方をしたせいで自宅に帰るのも億劫だった。宿酔いの頭を抱えながら寝床を貸してくれそうな女の家に向かってい…
柚月さんが高級そうなスーツを着た中年の男と××山の展望台で夜景を見ていた。 隆二さんが友人からそう聞かされたのは柚月さんとの交際三周年を翌月に控えたある日のことだった。××山の展望台といえばこのあたりでは有名なデートスポットで、そんなところに愛…
マサキさんは大の愛煙家である。 その日もはじめて訪れた街で仕事を終え、どこかで一服、と思ったのだが、駅前に喫煙所は見当たらない。 「うろうろしてるうちに便所にも行きたくなってくるしさ。しかたねえから、近くにあったビルん中に入ったのよ」 地下に…
斎藤くんが新宿区の某所でたまたま見かけたラーメン屋に入って炒飯を注文した直後、店に置かれた漫画の単行本を開くとそこに、 チャーハンゲロまず と書かれていて最低の気分になったが、更にその書き込みの下に別の筆跡で、 ゆうれいも出る とあり、なんだ…
実家のベランダから、叔母が亡くなった病院が見えるんです。 だからうちの母は、毎朝、洗濯物を干しに出るのがツラいと言ってます。 叔母がいるんだそうです。 実家と病院のちょうど真ん中あたりにふわふわ浮かんで、さびしそうな顔でこちらを見てるんだとか…
ある晩、武市さんが異様な物音に目覚めると、一週間前に亡くなったばかりのおばあさんが寝室の壁や天井を四つん這いで駆けまわっているのを目撃した。 「死んでる人がそこにいる恐怖というよりはですね、はっきり言って、頭のおかしい人に出くわしたときの恐…
現在、イラストレーターとして活躍している百花さんが大学生の頃というから、五、六年前のことだろう。 顔を合わせば世間話くらいはする仲の友人とたまたま学食で一緒になった際、話の流れで、「幽霊って見たことある?」と訊いたところ、「幽霊ってわけじゃ…
ある朝、日本語教師の美恵子さんが仕事に出る際、マンションの一階ロビーにある郵便受けを開けると、二年ほど前に思い出したくもない別れ方をした元彼からの葉書が届いていた。そこには元彼のものではない筆跡で一言、 「冷蔵庫の下」 と書いてあった。まっ…
出版社の営業代行をしている五十嵐さんから聞いた話。 「出先で不愉快な目にあってね。もっともそんなことはしょっちゅうなんだけど、その日はどうもくさくさしてしちゃって。それで最寄りの飲み屋でひとりしめやかに飲むことにしたわけ」 カウンター席に通…
ショップ店員の優里亜さんが小学六年生の頃、日帰りのバス旅行で日光へ行き、華厳の滝を写真に撮ろうとしたところ、担任の先生がニタニタと笑いながら近づいてきて、「知ってるか? ここは自殺の名所なんだぞ。こんなところで写真を撮ると、自殺者の霊が写る…
三上くんの昔の友人に多田という趣味のわるい男がいて、そいつは道端の地蔵を蹴倒したりお稲荷さんに小便をひっかけたり、幽霊が出るとうわさのトンネルにわざわざ出かけて大便を垂れてきたりするのだそうで、その度を越した狂態に多くの友人はドン引きして…
とにかくおかしな教師だったのだそうだ。 「いまでも思い出すと気分が落ち込みますね。同窓会なんかでも、その話題はタブーになってますよ」 わたしと同年輩の鷲尾さんが中学三年生の時の担任は、生徒からの評判がおよそ最悪であった。当時四十そこそこだっ…
ある日曜の昼頃、当時大学生だった岡本さんがアパートでごろごろしていると、玄関の扉を遠慮がちにノックする音が聞こえたのだという。 ドアを開けるとそこには知らない女が立っていた。女は「近くまで寄ったから」とか「お団子買ってきたから」というような…
インドネシアから来た留学生のアニサさんに、「インドネシアのお化けの話、なにかありますか?」と訊いてみたところ、「ポチョンが有名ですね」と即答された。 寡聞にしてわたしはポチョンなるお化けがどんなものかを知らない。それで職権を濫用してしつこく…
ある晩、津田さんが日課のジョギングをしていると、向こうから茂木さんが歩いてきたので緊張した。茂木さんはこのあたりでは有名な変なおじさんで、蓬髪に無精髭、真冬でも甚平に雪駄履きで、日がな一日、わけのわからない譫言を呟きながら近所を徘徊してい…
安曇さんは今年で四十二歳になる都内在住の女性である。四年前に結婚した彼女は、二年間の不妊治療を経て、待望の一女をもうけた。夫は家事にも子育てにも協力的な、おだやかな人である。娘も元気に育ち、義父母との関係も良好、職場復帰も実にスムーズだっ…
ベトナム人留学生のキエウさんから聞いた話。キエウさんは日本に来る一年ほど前から奇妙な夢を見るようになったのだという。 気づくと彼女は、見たこともないビル街を歩いている。それが夢だということは、キエウさんにはすぐわかる。なぜなら空に浮かぶ月が…
「きみの背中に『おれがついてる』んだ。気味がわるいからどうにかしてくれないか」唐突にそんなことを言われて、酒見さんは動揺した。相手は仕事上の同僚にすぎない葛西という男で、その時はたまたま会社の喫煙所で一緒になったのである。「言ってる意味が…
その日、翔子さんが帰宅したのは夜八時頃であった。風邪でも引いたのか、頭が重く食欲もない。「今日は夕飯いらない。体調わるい」リビングにいた母に声をかけ、自室に戻る。部屋着に着替えている最中、全身に悪寒が走った。これはヤバいかも。ベッドに倒れ…
山形県在住の磯峯さんの体験談である。 磯峯さんは自他共に認める山歩きの達人だ。その日も早朝から山菜取りに出かけたのだが、気分が落ち着かない。胸がソワソワして、通り慣れているはずの道を間違えてしまった。つねにはあり得ないことである。幸いすぐ気…
ある日、眞子さんは恋人の恭二さんからおかしな相談を受けた。 「夜中に目覚めると、うちの玄関口に男が座ってるんだ。最初は俯き加減なのがちょっとずつ顔を起こして、このままいくと目が合う、顔を見てしまう、それだけは絶対にダメだ、そう思って目を瞑る…
若松さんが東北地方の某県に出張した時の話である。 その日の仕事を終えた彼は、軽く酒でも飲みたい気分になり、ホテル近くの繁華街をぶらぶらと流していた。すると道の向こうから、手を振って近づいてくる者がいる。スーツ姿の若い男で、最初、若松さんは客…